(写真:Andrey_Popov/Shutterstock.com)
はじめに
他のプレイヤーとの対戦を楽しむマルチプレイヤーゲームは別として、今日のゲーム設計を根本から支えているのは、何と言っても人工知能(AI)です。ただし、商業ゲーム開発に使われるAIと一般的なAIには根本的な違いがあります。チェス、囲碁、スタークラフトなどのゲームでは、AIが人間のトッププレイヤーをいとも簡単に打ち負かし、目覚ましい躍進を見せていますが、同じことが商業ゲームでも求められているわけではありません。それどこころか、ゲームAIがあまりにも強すぎれば、プレイヤーに嫌われ、売り上げが低下してしまします。反対に、あまりに弱すぎても、勝負にならず、ゲームに飽きられてしまうでしょう。
そこで今、注目されているのが、適応型AIです。つまり、プレイヤー一人ひとりの対戦スタイルやスキルに合わせてゲームへのやる気や達成感(スイートスポット)をできるだけ多くのプレイヤーに提供できるAIのことです。これは「ハイパーパーソナライゼーション」とも呼ばれ、見込み客や売り上げの最大化を狙った戦略などにもよく用いられています。この適応型AIによるハイパーパーソナライゼーションが、どのようにゲームの面白さやユーザー体験を向上させ、プレイヤーのスキルレベルに合わせて没入感を高め、ほぼカスタマイズされたゲーム体験を生み出すことができるのか、これから説明したいと思います。
ゲームAI
ゲームのAIは、敵の攻撃パターンを決めるなど、主に、ノンプレイヤーキャラクター(プレイヤーが操作できないキャラクター)の操作に使われています。初期の頃のコンピュータゲームでは、難易度の違いと言えば、せいぜい敵の数を増やしたり、ダメージに耐えられるよう強化したり、動作速度を上げたりするぐらいでした。ゲームの展開はプレイヤー自身の行動よりも、ゲームの状況に応じた単純なスクリプトとルールによってほぼ決まってしまうので、パーソナライゼーションなどほとんどありませんでした。戦略ゲームのような、もっと複雑なゲームになると、チートAIがよく見られるようになりました。これは当時のAIが人間の上級者プレイヤーにはとてもかなわなかったため、開始リソースを増やしたり、より素早くユニットを構成することで、AIの弱点を隠していたのです。
適用型AIでゲーム体験を向上
適応型AI は、何はともあれ近年における技術的進歩の賜物であると言えます。最新のPCやゲーム機では、ローカルのハードウェアでプレイするという縛りから解放され、ゲームを任意のデバイスに直接ストリーミングできるようになりました。これによりクラウドコンピューティングの能力を活用し、特にゲームグラフィックなどで、より高度なAI動作が可能になります。今ではより強力なプロセッサとメモリの増量のおかげで、アルゴリズムが数年前とは比べ物にならないほど洗練されるようになりました。Google StadiaやGeforceNowのようなクラウドゲームサービスが普及しつつある今、これからもゲームAIに新たな飛躍が期待できそうです。
プレイヤーのスキルに応じたゲーム
このような開発が進んだ結果、様々な能力レベルとゲームスタイルがあることによって、固定された難易レベルはもはや過去のものとなりました。現在の課題は、それぞれ能力レベルやゲームスタイルの異なるプレイヤーに合わせてハイパーパーソナライズされたゲームを設計することです。
ゲーマーのタイプは幅広く、例えば、主にリラックスを求めて、ゲームのストーリー展開や世界観に浸ることで満足する、ワンダラーズ(放浪者)型のプレイヤーがいます。その一方で、征服者型のプレイヤーは、どこまでも可能な限り挑戦を挑んでいきます。
このようなあらゆるタイプのゲーマーに対応するには、最新の適応型AIによって、プレイヤーの成功状況(ゲームの負け率:X)やプレイヤーが使用して成功したテクニック(「好みの武器:Y」)を測定する必要があります。これは、的を外しやすくするなど、対戦相手のAIの能力だけでなく、戦略を適用させるのにも使用できます。例えば、プレイヤーが長距離兵器を好むとすれば、対戦相手のAIは至近距離での戦いに切り替え、新しい挑戦を課すことができます。
没入感の維持と向上
しかし、ゲーム設計で最も重要になるのは、プレイヤーがゲームの世界にのめり込み、いつまでもその没入感から覚めないようにさせることです。例えば、レースゲームの場合、ゲームが簡単すぎれば、対戦相手のミスを減らしたり、強引に追い越しをしかければ、レースは盛り上がります。ところが、相手の車が何の前触れもなくそれまでにない速度で急に走り出せば、プレイヤーは何か割り切れず、ゲームへの熱も一気に冷めてしまうでしょう。
ユニークな体験を創造する
プレイヤーの行動から学習する適応型AIは、プレイヤーの行動のミラーリングという、ゲームをより面白くするための新たな手法を切り拓きました。本物のレーシングドライバーの運転方法を学習するレースゲームは、プレイヤーの行動のミラーリングの典型的な例です。これにより一般のプレイヤーが有名ドライバーの本物のレースに限りなく近い仮想シナリオでプレイができるようになるのです。
もう一つの例は、プロのeスポーツプレイヤーが自分のゲームスタイルのAIフィンガープリントを作成し、販売するというものです。これにより数人のプレイヤーが、実際にマルチプレイヤーゲームに参加しなくても、有名なeスポーツプレイヤーを相手に自分のスキルを試すことができます。このように新しいAIパターンをリリースして既存のゲームに新たな挑戦を投げかけることは、明らかに商品としてのそのゲームの寿命を延ばすことにつながります。そのゲームをやり尽くし、あらゆる戦略を研究し尽くした後でも、プレイヤーはなおもゲームに夢中になることでしょう。
まとめ
AIのゲームへの利用は、固定された難易レベルから高度な適用型AIアルゴリズムにいたるまで、長い道のりを経てきました。最近では、その目的はより多くのプレイヤーにゲームの達成感を与え、そのゲームの寿命と投資収益率を最大化することにあります。特にクラウドゲームサービスに見られるハードウェアの進歩によって、ハイパーパーソナライゼーションの機会が増え、個人のゲームスタイルのフィンガープリントを作成し、ユニークなゲーム体験の創造が可能になっています。
著者
Michael Matuschek
ドイツ・デュッセルドルフのシニアデータサイエンティスト。コンピュータサイエンスで修士号、数理言語学で博士号を取得。各種産業界および学術界にて様々な自然言語処理プロジェクトに参画。専門テーマはレビューの感情分析、顧客メール分類、オントロジーエンリッチ メントなど。
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