2021年6月3日木曜日

AIでより快適な生活を ~身体的障害にAIソリューション~

 

(写真:Andrey_Popov/Shutterstock.com

 

人工知能(AI)は、私たちの社会や生活に急速に浸透し、さまざまな分野に変革をもたらしています。近年の深層学習や強化学習などの進歩によって、この動向はますます加速していきそうです。AIの進歩は、視覚障害や音声・言語障害、手足の欠損・損傷などの身体的障害を持つ人々からも特に高い関心が寄せられています。つい最近まで困難と思われていた社会参加への道がAIによってさらに開かれることが期待できます。テクノロジーは生活をただ便利で快適にするだけではありません。むしろその真の目的とは、以前は困難だったこと、不可能だったことを可能にすることあるはずです。

 

視覚障害者向けAIソリューション

 

スクリーンリーダーや点字ディスプレイなど、視覚障害者向けの支援技術はかなり以前からあったのですが、近年ではAIによって大幅に進歩しました。優れた音声合成アルゴリズムとスマートフォンや専用支援機器を活用することで、テキストの読み上げ(TTS)機能が一段と利用しやすくなり、電子書籍をハンズフリーで聴けるなど、端末間通信の利用も可能になりました。これには、画像処理、特に光学文字認識(OCR)の進歩によってテキストを音声合成できるようになったことが大きく寄与しています。その代表的な例がGoogleレンズですが、例えば、カメラに写った交通標識の画像からテキストを認識して、データを処理できます。同じロジックが音声認識(STT)アプリに適用されており、以前のようにキーボードや特別なソフトウェアを使わなくても、今ではモバイルで手軽にテキストコミュニケーションができるようになりました。

 

ただし、ユーザーインターフェイス設計、特にエラー耐性には、より慎重な注意が求められます。一般ユーザーにとって、あるコマンドの誤認識や読み込み失敗は、単なるエラーにすぎませんが、障害者にとっては、緊急時に電話がかけられなくなるなど、生死にかかわる深刻な問題になりかねません。インターフェイス設計における問題に関しては、例えば、タッチ入力が必要な音声インターフェイスの場合、エラーが発生すると、視覚障害者は一切操作ができなくなります。

 

音声言語・聴覚障害者向けAIソリューション

テキストの読み上げ(TTS)や音声認識(STT)は、音声言語・聴覚障害のある人々の支援にも利用されています。タイピングの運動技能のある人なら、TTSで「声」を取り戻すことができます。あのスティーヴン・ホーキング博士も特別に開発された音声合成ソフトウェアを使って自分の声を取り戻していたことは、よく知られています。同じようなソフトウェアが今では広く使われています。

 

音声からテキストに文字を起こす「音声文字変換」は、音声認識(STT)の応用例です。主に商業利用で注目を集めている領域ですが、柔軟で確実な文字変換技術によって、聴覚障害者はこれまで利用できなかったメディアも活用できるようになります。YouTubeはこの技術を使って多言語のライブ字幕を作成し、多くのエンターテイメントや教育用リソースをより幅広いユーザーに提供しています。

 

義肢装具のためのAIソリューション

多くの技術的進歩が、結果的に障害者の支援につながっている一方で、AI研究の世界では、医学研究と密接に協力し、障害の軽減を目的とした研究も行われています。この点で最も興味深い研究の1つが義肢の開発です。ひと昔前、義肢はまったく動きませんでしたが、今では機械的に柔軟な義手や義足が一般的となり、最近のアルゴリズム設計の進歩、さらにはチップの高性能化と小型化のおかげで、この分野は大幅な進歩を遂げました。最新の義肢は、信号処理アルゴリズムの向上により、神経系からの入力に迅速に反応し、例えば、床の状態など、異なる環境に合わせて適応できます。これにより、今までよりも自然で直感的な動きが可能になり、人工の手足は人間の手足に一段と近づくようになりました。

 

障害者の生活の質を高めるために従来からあるアプローチには、このほかにも、理学療法があります。これまでは、障害者の身体の状態を診断するのは、医者や理学療法士の役割であるとされてきました。しかし、時間的制約や不完全な情報から、個人に合わせて最適な治療計画を作成するのが困難なことがあります。その結果、教科書通りの治療が行われるのですが、個々の状況に効果があるとは限りません。

 

AIを活用すれば、こうした状況に対応できます。例えば、画像認識ソフトウェアでは、歩き方や姿勢のわずかな乱れを解析して、その人に合ったエクササイズを提案したり、改善状況が詳細にわかるため、より速い改善が期待できます。治療を受ける側にとっても、より早く成功体験が得られ、また目標の設定や、何が効果があり、何が効果がなかったのか自らフィードバックを行うことで、より大きなモチベーションにもつながります。

 

まとめ

障害者の生活の質を高めるためのAI技術は、既存の技術から副次的に生まれたものから、障害者のために設計されたものまで、すでに数多くあります。しかし、まだ技術的課題が多く残っているため、AIが社会的弱者であるこの層の人々の生活を大きく改善するまでにはいたっていません。障害者の社会参加に向けて大きく前進するには、政府や企業がもっと製品開発において障害配慮するよう努め、理想的には開発段階で障害者を起用するなどの取り組みが必要になります。

  

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著者

 

Michael Matuschek

 

ドイツ・デュッセルドルフのシニアデータサイエンティスト。コンピュータサイエンスで修士号、数理言語学で博士号を取得。各種産業界および学術界にて様々な自然言語処理プロジェクトに参画。専門テーマはレビューの感情分析、顧客メール分類、オントロジーエンリッチ メントなど。

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