2021年1月25日月曜日

AIはどこまで人間に近づけるか ― 自動運転システムから考察する

 

想像してみましょう。車を運転していて、横断歩道に差し掛かかります。標識を確認し、あたりに交通誘導員がいないか確かめます。前に車がいれば、その車が止まるかもしれないと考え横断歩道まで来ると、渡ろうとしている歩行者がいないか左右を確かめます。すでに歩行者がいて、横断歩道を渡っている、あるいは渡ろうとしていれば、歩行者に道を譲ります。安全だとわかれば、そのまま通過します。

これは、人間の知能が行う「周囲の状況を認識して、反応する」という状況認識のシナリオを示したものです。自動運転車(AV)では、ビジョンシステム、ハイエンド処理、ニューラルネットワークなどによって、周囲の状況を認知して行動を計画し、変化する刺激にも反応できるのですが、果たしてこうしたシステムで人間と同レベルの状況認識ができるのでしょうか。ニューラルネットワークの進歩に目を向けると、この目標に到達できるのか、その可能性と限界が見えてきます。

 

人間の状況認識

 

冒頭の運転時のシナリオに話を戻しましょう。人間のドライバーはまず状況を認知しますが、それには関係のある物、人物、その状況と起こりうる動作を把握する必要があります。私たちは横断歩道の標識や信号、前後にいる車、歩行者など、その場面にある様々な要因を察知しています。さらに歩行者の種類や様子(若年者、高齢者、怒っている、酒に酔っている、急いでいる)、状況(ある行動の最中である、独りグループ)、横断しそうな様子など、もっと微妙な細部に気づきます。同時にこのプロセスにおいて、人間は状況に関係のない情報、例えば、一時停止の道路標識に留まっている小鳥や路肩のゴミなどを無視しているのです。

人間の状況認識では、認知と行動の間に遅延が生じると、より広範な経験に基づいて選択が行われます。これが予測と実際の結果の違いです。経験を引き出すことで想像上のシナリオが生まれ、これにより私たちは潜在的リスクを予想し、現在の状況で行動を決定しています。言い換えれば、人間は過去に行った予測とその実際の行動の結果だけでなく、その時想像していた別のシナリオも思い出しているのです。運転時のシナリオでは、人間はその状況でどのような問題が起こりうるかを想像し、歩行者の視点も行動の決定プロセスの判断材料にすることができるわけです。

潜在的な結果と視点を想像できる能力、これこそ研究者が今、解明しようとしているものです。つまり、知能を具現化するには、感覚、知覚、そして状況に対して連携する脳の各部分がすべて統合されたシステムが必要になります。人間の知能のこの身体的構造を基盤にすれば、認知、意思決定、行動に文脈を与えて、目的地に導いてくれる地平線が見えてきます。

 

人工知能の状況認識

人工知能(AI)システムは、様々な技術によって状況認識をある程度可能にしました。例えば自動運転車では、センサ、センサフュージョン、ハイエンド処理によって車はシナリオを認識し、交通状況の意味記述を引き出します。車両環境のモデルを構築し、そのモデルをセルに分割することにより、これを行っています。ハイブリッドセンサアプローチ、知識ベース型推論、ヒューリスティックアルゴリズム、ベイズ推論、ファジー理論、ニューラルネットワークなどを組み合わせることによって、人間のドライバーが何を認知しているのか全体的に推測することができます。

状況認識での意思決定を再現するために、AIシステムは、局所最適化、近似推論、およびニューラルネットワークによって過去のトレーニングに基づいて期待をシュミレートし、AIそれ自身を拡張することができます。人間の知能の再現に関して言えば、ニューラルネットワークは脳の構造的結合を捉え、入力特性と時間経過に伴うその変化に連続性を持たせることが可能です。

人間の脳の機能的接続性を模倣する技術の進歩により、高レベルの複雑な構造と基本的な神経構造など、脳の各部分を動的に連携させることも可能になりました。高レベルの構造と神経構造との連携を実現することによって、人間の状況認識における意思決定に似た、意味生成と推論のための開いた系(オープンシステム)が生まれます。しかし、脳内の各構造間の連携には、ある神経系が時間の経過とともに他の神経系に及ぼす影響を捉えるうえで、「機能的結合」と呼ばれる、構造を超えた結合が必要になります。意思決定を行い、適切な行動を取るためには優先順位をつけることが必要になりますが、AIシステムはこの機能的結合がなければ、重要性に基づいてインプットに優先順位をつけることができないのです。


まとめ

人間の状況認識とは、シナリオ全体の把握に基づいた周囲状況に対する認識と反応のことを指し、また、現実か想像かにかかわらず、相互に関連し合う様々な経験を引き出して意思決定する能力を意味します。ニューラルネットワークが今後進化してさらに複雑な状況認識を行えるようになったとしても、真の意味で人間の知能と同じになることは決してできません。AIと人間との適切な相助関係があれば、AIの強みを生かし、人間は状況認識力を高め、優れた状況管理を行うことができるようになります。その結果、機械は(あくまでも機械として)より賢くなり、人間はより創造的な仕事に集中できるようになるでしょう。


 

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 著者 

コンスタンティン ティオプロス:

人工知能に特化した技術事業化の専門家、大手研究開発機関のスピンオフ企業の共同創立者。ドイツ人工知能センターにてイノベーションマネージメントコンサルタント、欧州企業数社にてITコンサルタントを経て現在に至る。人工知能で博士号、コンピューターサイエンスおよび哲学/言語学で修士号を取得。講師・客員教授歴任。


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