2020年5月26日火曜日

産業用IoTアプリケーションがよりスマートに。エッジコンピューティングが突破口



エンタープライズITとは異なり、産業用アプリケーションは「現実世界」の環境、完全な屋外で使用されます。例えば、遠く離れた険しい戦闘地区に軍事用ドローンを飛ばし、重要な監視データを収集するとします。天候は異常気象でインターネット接続も断続的です。このような環境でもドローンはデータを収集・処理し、リアルタイムに送信しなければなりません。さらにこのドローンは、データ分析に基づいてインテリジェントな意思決定もしなければならないのです。そのため、このような状況においてクラウドコンピューティングのみに依存するのは難しいと言われています。時間的制約があり、リアルタイムに行動しなければならない場合、処理・保存・分析といった作業はドローン自体で行うべきなのです。

そこでエッジコンピューティングの登場です。


エッジコンピューティングで産業用IoTの新時代が始まる


これまでIoT(モノのインターネット)の中心的要素はクラウドコンピューティングであり、センサデータを処理・分析し、実践可能なインサイトを生み出してきました。しかしこのような集中型データセンター、または第三者のクラウド設備でデータを処理する場合、1つの意思決定毎にクラウドとの送受信が必要です。これにより遅延が発生するため、軍事用ドローンや発電所、接続が必要な船隊など、時間制約のある産業用アプリケーションには利用できません。



また全データをクラウドに送るには高価な回線容量が必要です。データ転送にとって信頼できるインターネット接続は重要要件です。さらに、たった1か所の故障によってクラウドにセキュリティ違反が発生すると、産業用アプリケーションに重大な悪影響を及ぼす可能性があります。




クラウドコンピューティングを補うのが、エッジコンピューティングです。エッジ(またはフォグ)コンピューティングでは、ほとんどの処理がデータ元の近く、オンプレミスで実行されます。つまり通常、IoT機器に配列されたエッジゲートウェイ内で計算、保存、及び分析が実行されます。例えば自律走行車は、時系列データを車内で処理するため、運転しながら緊急の操作や制御に関する意思決定を行うことができます。



エッジコンピューティングの機器のほとんどは軽量で、さまざまなサイズや形状に対応します。また、エッジコンピューティングは、オンプレミスのハードウェア上、または仮想環境で動作できる、ハードウェアに依存しないソフトウェアコンポーネントであるとも言われます。



このようにエッジコンピューティングは、産業用IoTアプリケーションの基本的な要件を満たしてくれるため、大きな突破口になるのです。

リアルタイムでの意思決定: 
データを収集元の近くで処理することにより、遅延を分単位からミリ秒単位に下げることができます。例えばスマートグリッドには、時間を基準とした高精度な制御及び保護ループがあります。ネットワーク内に変則的なことが検知されると、エッジコンピューティングの修正制御コマンドがリアルタイムでアクチュエータに送られます。場所が特定されていることから、ネットワーク接続の影響を受けず、接続が断続的であっても高性能が保証されます。




ビッグデータの課題を克服:
産業用アプリケーションは、膨大な時系列データを扱います。ただし全データに対して、データセンターが持つ大規模なコンピューティング能力が必要なわけではありません。それらを現場で処理すれば、クラウドにアップロードする負荷を大幅に削減することができます。さらに、機械学習のアプリケーションを効率的に動作させて異常探知、不具合の予測に役立てることができます。

IoT と従来のプラットフォームとの統合を促進: 
エッジゲートウェイにはプロトコル変換機能があるため、従来のシステムで動作する独自技術のデータ処理にも対応することでオープンネットワークとの統合を実現します。



データセキュリティの向上: 
エッジコンピューティングを使用すると、大量の資産をファイアウォール内で管理することができ、クラウドとの送受信も少なくなるため攻撃を受ける可能性が低減されます。ただしエッジコンピューティングは、クラウドコンピューティングの代わりにはなりません。リソース量の少ないタスクをエッジにオフロードすれば、産業用アプリケーションがより効率化されます。時間制約が厳しくない高度分析などは、従来通りクラウドベースのサービスに依存しなければなりません。1に示すように、エッジとクラウドの両方で、機器のステータス情報(デジタルレプリカ)を保持し、準リアルタイムで物理的な機器と同期させます。




図1エッジコンピューティングとクラウドコンピューティングでステータス情報を同期させます。(引用元:Practical Industrial Internet of Things Security, Packt Publishers


 
ここで軍事用ドローンの例に戻りましょう。ドローンは空中を飛行するものですが、これにエッジコンピューティングを採用することで、リアルタイムで地上部隊や司令部と通信することができます。クラウドに依存せず、またこれに付随する遅延も発生しません。基地に戻った後でデータをクラウドにアップロードし、高度な分析及び見識を得ることができます。産業用IoTアプリケーションでは、このようにエッジコンピューティングとクラウドコンピューティングを連携させます。


エッジの安全性


エッジデバイスは屋外の過酷な環境や物理的な不正使用にさらされる可能性があるため、安全なOS、耐タンパー性の高いハードウェア、ハードウェアベースのルートオブトラスト、キーストレージなど、セキュリティ管理を徹底した設計にすることが重要です。OSは、安定したブート処理とアップデート、データ伝送用に暗号化したトンネル、ポリシーに基づいたホワイトリスト登録などを確保しなければなりません。
 

ハードウェアメーカーにとっての新しいビジネスチャンス


クラウドコンピューティング技術のほとんどは、分野を選びません。例えば金融分野も医療分野も同じクラウドプラットフォームを使用することができます。しかしエッジコンピューティングの場合は、ユースケース毎に処理、保存、遅延などの要件が異なります。例えば深海掘削と、スマートグリッドのアプリケーションでは、遅延に関する要件は大きく異なります。つまりエッジコンピューティングのハードウェアは様々な業界に渡って広く活用されるチャンスがあります。

 
McKinsey & Companyの市場調査によると、11の産業分野、100以上のユースケースを対象に、エッジコンピューティングハードウェアの市場価値は2025年までに2千億ドルになると予想されています。この価値には、センサ、プロセッサ、デバイス搭載のファームウェア、ストレージなど、いわゆるフルスタックの構成部品が含まれます。



エッジソフトウェアは、一般的にはDockerコンテナ技術に基づいており、基盤となるハードウェアやOSには依存しません。

まとめ


エッジコンピューティングは、産業用IoTアプリケーションをリアルタイムに動作させるための大きな突破口となります。この技術により回線容量の利用状況は改善され、運営コストの削減ができ、インターネット接続が断続的な環境でもスムーズな動作を実現できます。またエッジコンピューティングはクラウドコンピューティングにとって代わるのではなく、これを補完し、ハードウェア業界には新たな市場機会を与えます。



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著者

Sravani Bhattacharjee:
データ通信技術者として20年以上のキャリアを持つ。産業IoTのセキュリティ分野初の書籍「Practical Industrial IoT Security」(実践的な産業IoTのセキュリティ)の著者。2014年までCiscoの技術リーダーとして、エンタープライズ向けクラウド/データセンターソリューションのアーキテクチャや製品計画を複数手掛ける。現在はIrecamedia.comのトップとして、産業IoTイノベーターと連携しながら、多岐にわたる技術系マーケティングコンテンツを制作することで、認知度の向上及び経営的意思決定の促進を行っている。電子工学の修士号取得。IEEE IoT Chapterのメンバー。作家。講演者。






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