2020年6月26日金曜日

医薬品開発のスピードアップにAIが欠かせない理由


医薬品はさまざまな病気に対応しますが、本格的な創薬及び製造には複雑な工程があり、製薬会社が費やす時間と費用は相当なものです。タフツ大学医薬品開発研究センターの調査では、2014年に25億ドルだった推定額は毎年8.5%増えています。さらに悪いことに、Deloitte Centre for Health Solutions(デロイトヘルスソリューションセンター)の「Ten Years on Measuring Return on Pharmaceutical Innovation Report 2019」(医薬品革新の対費用効果10年間のレポート2019)によると、わずか10年で投資利益率は10分の1に下がったということです。

製薬会社が競争力を保持するためには、費用と時間を削減しなければなりません。

さらに新型コロナウイルスというパンデミックが発生した今、速度に対する注目度も高まっています。そんな中、AI(人工知能)は、創薬工程の初期段階における解決策を提供し、作業効率を上げています。


薬ができるまで

理想的な薬を完成させるには、数多くの基準を満たさなければなりません。

特定の病原菌を殺菌するだけでなく、懸念される副作用を起こさないことが重要です。
またサイズや配合に関しても、病原菌の細胞にうまく付着するサイズ、そして細胞壁から薬を浸透させる配合である必要があります。さらに科学者たちは、その医薬品が人体の中に入った途端に他の性質に転換しないこと、また血中における他の作用によって投薬量が増減しないことを確実に証明しなければなりません。

工程における最初の4つの段階には、何百万もの潜在物質を理想的な候補物質に絞り込む作業が含まれます。300万種類とも言われている大量の分子をスクリーニングし、数種類の候補物質に絞り込むのです。その後これらをさらに評価して第一候補を選択及びその最適化に進みます。この工程全体には5年~6年かかりますが、AIはこのタイムラインを10倍以上短縮させ、大幅な時間削減を実現させています。AIによる進歩はどのようなものか、以下にご紹介します。


AIは文献処理も得意

医薬品の進歩は、状況が順調であってもその速度を緩めることはありません。そのため常に最新情報を取得し、それを既存の研究データに積み重ねていくには、既存文献を慎重に選択除去していかなければなりません。
今回の新型コロナウイルスの発生により、大量の試験、研究、インサイトなどのデータを引っ張り出し、どのようなワクチンや治療法が効果的であるかを解明しなければならなくなりました。

科学者はまず、入手できる文献、つまり公開されている中で、研究チームの他のメンバーが集中型データベースで効率よく作業できる文献を確保することから始めます。新型コロナウイルスに関しては、この取り組みが顕著に行われています。機械学習とデータサイエンスのリポジトリであるGoogleKaggleは、パンデミックに関する情報が豊富な情報センターとして、関連研究課題のリポジトリをホスティングしています。何十年も研究を続けている大手製薬会社も、別の目的で使用できそうな自社のデータベースをここに保管しています。製薬会社が病院などの臨床施設と提携して、各種症状に複数の医薬品を患者に投与してもらい、個々の結果を匿名化し入手するケースもあります。

研究論文のリポジトリを効率的に検索する際の最もベーシックな方法は、「テキストマイニング手法」です。

この手法では特定分野の専門家が関連用語を定義し、これに基づいた検索から検索エンジンが関連文章を抽出します。これにより類似した他の医薬品や医薬品の組み合わせの試験に関し、その作用や所見など、研究者が見落とす可能性のある内容を特定することができます。その結果、研究の重複を回避でき、研究時間の短縮に役立ちます。

AI技術は、類似した医薬品または患者の特徴のパターンを自動的に識別できるため、テキストマイニングの効果が上がります。さらにこれらパターンを使って仮説を提案または試験することができます。例えば、「特定の医薬品モデルに効果があるか」、または「副作用や他の医薬品との相互作用は特殊な状況において発生するか」などです。

 

AIが効果のある分子を認識

どの医薬品が効果を発揮するのかを理解するために、科学者たちはどれが正しく付着するか、またどのような方法で付着するかを確認しながら、分子構造について研究する必要があります。例えば「その分子は医薬品が効果を発揮するまで付着し続けることができるか?」などです。何百万という数の分子を使ったモデルを評価することは、正直人間には不可能な作業です。

その点AIは潜在候補分子と目的の性質を素早く照合することができます。人間よりもはるかに速い速度で神経衰弱ゲームができるのです。

まず、既存のデータセットを入手し、特定の条件セットにおいて、どの分子が過去に候補物質として効果を発揮したか、または発揮しなかったかを調べます。さらにAIは低分子ライブラリー全体をスクリーニングし、潜在候補物質の3次元構造に対しパターンマッチングをすることで、化合物をふるいにかけ、最も有望な化合物のみを選択することができます。その後さらに詳しい分析の段階に進みます。

AI技術を利用すれば大規模なパターン認識が可能です。特にその分野の専門家が検索パラメーターを設定できればより効果的です。例えば、薬物送達に対して、他の細胞条件や化学反応の仕組みを設定に組み込むことができます。これらのパラメーターを考慮しながら、AIによる検索エンジンは人間よりきめ細かく候補物質を割り出し、さらなる探索段階に進むことができます。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、研究者たちは過去のコロナウイルス、特にSARS(重症急性呼吸器症候群)を代入して、既存の薬をワクチンの成分として利用できるかどうかを研究しています。その一例として、Gilead Sciences社は、エボラ熱に使用する抗ウイルス薬を調査し、新型コロナウイルスに使用できるメカニズムがないかを研究しています。

ある病気にはそれほど効果を発揮しない薬剤候補が、別の病気には効果的な場合もあります。AIの学習データセットに、あらゆる種類の薬剤に対する理想的な候補物質情報が含まれていれば、ある種の医薬品には不適合だった薬剤候補にもまだ可能性があり、別の医薬品の基準を満たすとして挙がるかもしれません。

AIは新薬の設計にも役立つ

AIは新しい薬剤の合成にも役立ちます。AIは過去の候補物質をふるいにかけずに、新しい分子モデルを最初から、つまり新薬を作ることができます。最適な候補物質として複数の基準をクリアしなければならない場合、この基準が分かっていれば、その条件をプラグ・アンド・プレイできるアルゴリズムを開発して、仮想的モデルを作ることができます。そして科学者はこのモデルを使って新しいワクチンや薬剤を最初から作ることができるのです。

新型コロナウイルスの場合は、中国の科学者がウイルスの遺伝子情報を解読し、公開データベースにてその結果を共有しました。その後カリフォルニア州のバイオテクノロジー会社、Inovio Pharmaceuticals社が独自の機械学習アルゴリズムを利用して、数日間でワクチン候補を挙げました。現在は、前臨床試験段階です。

AIで副作用の特定

医薬品として摂取される小分子は、目的の患部だけでなく、その近くにある他のタンパク質にも作用します。理想的なシナリオとしては、患部以外に及んだ作用が無害であることです。しかし無害でなかった場合、今後の分析のために、記録、マーク付け、及び学習しなければなりません。このようにうまくいかなかった候補物質から学習すること、その情報を記憶すること、そして今後トラブルのリスクが高い候補物質をマークしておくことはAIの得意分野です。

 

タンパク質破壊分子は実際に特定の癌の治療に使用されているため、AIを利用して候補物質を記録及びスクリーニングすれば、これまでよりもさらに有望な物質を迅速に提案することができます。

まとめ

AIは一つのツールにすぎません。つまり専門知識を有する人間の研究者がこのツールを使えるように設定しなければならないのです。またその分野の専門家が適切な質問を作らなければ、AIが意義のある回答をアウトプットすることはできません。そのアウトプットについても、人間の研究者による検証が必要です。しかしAIの人工知能による計算力は優れており、研究の初期段階における作業の速度と効率を大幅にアップしてくれます。
新型コロナウイルスのように時間が最優先の場合は、
AIを利用することで大きな差が出ます。



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著者
Poornima AptePoornima Apte

元エンジニアのBtoB専門ライター。分野はロボット工学、AI、サイバーセキュリティ、スマート技術、デジタル変換など。ツイッターのアカウント:@booksnfreshair


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