(画像:Elnur/Shutterstock.com)
機器診断が最も活躍している分野といえば、医療界であることは間違いないでしょう。
機器をもとに、医師は患者の検査結果から得られる情報を拡張させ客観的に診断を行うことができます。
つまり、体温、血圧、肺活量、骨折、炎症、心拍リズム、その他多くのバイオマーカーを精密に測定し、現在の症状や過去の病歴と照らし合わせて、患者の病態をより明確に把握できます。今日、センサと人工知能の進歩のおかげで、客観的な検査、測定、診断が可能になり、主観的な診断はもやは過去のものとなりました。
ここでは、こうした近年の進歩によって可能になった自宅での検査、さらには患者データの臨床研究への活用について見ていきたいと思います。
客観的な検査と計測
アメリカ疾病予防管理センターによれば、米国では毎年30万人以上のアスリートがスポーツやレクリエーション中に脳震とうを起こしています。脳震とうなどの怪我の評価や診断では、従来の主観的な検査に代わって客観的な検査が行われるようになりました。脳震とうの重症度を診断するには、まずは瞳孔の対光反射を調べます。これまでは医師が患者の眼に光を当て、瞳孔の収縮と拡大を観察していました。当然のことながら、患者によって反応には大きな差異があり、また医師によって瞳孔の大きさと反応についての解釈も異なるため、この方法には問題がありました。
このような目視による瞳孔測定に代わり、現在では複雑な技術のパイプライン処理とセンサを使用したコンピュータによる高度な検査が行われています。例えば、スマートフォンやVRヘッドセットに搭載されている小型の高解像度カメラなら、毎秒最大数百フレームで眼の動画を撮影できます。リアルタイム解析に最適化されたコンピュータビジョン処理によって、この画像から強膜、虹彩、瞳孔などの眼の構成要素の特徴を抽出します。人間には感知できない赤外線スペクトルを利用することで、このセグメント化が大幅に簡素化されます。次に、複雑な数理モデルを使って、この画素データを3次元の眼球モデルに変換し、ミリメートルなどの実世界の単位を抽出します。最後に、機械学習(ML)アルゴリズムにより、データからノイズを取り除き、時系列のパターンを認識し、全個体数に関するパラメータの推定分布を行って、計測結果を得ます。
このパイプライン処理により、精密な計測が行われ、主観性が排除されることで、医師の今後の主な役割は、この結果を受けて診断を行い、患者に所見を伝えることになります。このようなパイプラインを医療用途に応じて最適化すれば、これまで不可能だった客観的診断も可能になります。例えば、最近では炎症や乳がんの検出には、高度なノイズ除去アルゴリズムを使った最新の赤外線カメラがますます使用されるようになってきました。従来の乳房X線(マンモグラフィ)検査とは異なり、癌の初期段階からより精度の高い検査ができるようになり、しかも危険を伴う放射線を扱うことも、触診を行う必要もありません。新型コロナウイルスのような感染症の発熱検査では、この技術は非接触検査に活用でき、しかも接触を伴う検査よりもはるかに正確なデータが取得できます。
リアルタイム検査が自宅で可能に
機器の小型化、特に小型のウェアラブル検査機器によって、医療施設以外の場所でも検査が可能になりました。心電図検査が必要な患者は、わざわざ医療機関に出向かなくても、ホルターモニタ心電図を装着すれば、日常生活を送りながら長時間にわたる心電図データが収集できます。ホルターモニタは、小型カメラとほぼ同じ大きさで、電極があり、24時間から48時間まで連続で装着できます。モニタがかさばるため、患者はある程度行動の制限を受けますが、 医療機関で行う検査よりも心臓リズムから幅広い知見を得ることができます。
さらに小型化技術は、医療の進歩をますます加速させています。フィットネス用ブレスレットやスマートウォッチに搭載された新世代の光センサは、快適性を大きく向上させながら、より有用性の高いデータを提供します。データの品質はまだ電極を使ったモニタには及びませんが、アップル社は最近、スマートウォッチで不整脈が検出ができることを発表し、医療業界を超えて大きな話題となりました。このような循環器系の計測機器のほかにも、膨大な種類の医療機器に向けて多くのセンサが活用されています。例えば、患者を慣れない睡眠用実験室で観察するのではなく、睡眠用マスクの形をした最新の携帯用脳波計(EEG)ヘッドセットを使用すれば、自宅の寝室にいながらにして脳の活動がおおまかに観察できます。ますます多くの認証済みオープンソースセンサが利用できるようになり、小型でも強力な医療機器の開発は、もはや一部の有力企業だけの独壇場ではなくなっています。
患者データを臨床研究と標準化に活用
現在、医師が直面している大きな問題の1つは、患者に関連する情報を臨床試験、臨床研究、リポジトリ、レジストリから見つけ出すことです。臨床試験やその他のリソースはある程度まで標準化されていますが、組織、医療分野、地域を超えて標準化されておらず、医師には研究結果を見つけ、取得し、利用する術がありません。このような情報に関する医師のニーズに対応するには、二重の課題があります。医療情報システム間の相互運用性を実現しながら、医師が関連情報を検索し、アクセスできるシステムを開発することです。
このような要求に応えて、人間の手を最小限に抑えて、「見つけられる、アクセスできる、相互運用できる、再利用できる」(FAIR)データを利用できるよう標準化が行われるようになりました。例えば、国際医療用語集SNOMED CT(Systematized Nomenclature of Medicine Clinical Terms)は、医療コード、用語、同義語、所見、症状、疾患、処置、機器などを対象に医療データのインデックス化、保存、検索、集計が一貫して行えるようにまとめられた、コンピュータ対応の用語集です。同じようにLOINC(Logical Observation Identifiers Names and Codes)は、標準コード規格であり、臨床検査データを検索できるデータベースです。
こうした標準化に求められるメタデータによって、医師はデータにアクセスし、データ全体から重要なインサイトを得ることができます。ドイツの国家プロジェクト健康管理データ基盤NFDI4Healthのようなデータベースでは、バイオマーカーなどの臨床データが疾患や障害のメタデータに埋め込まれており、その結果、幅広い患者層を対象とした機械学習アルゴリズムによる分析が可能になります。以前は客観的な診断が困難とされてきた精神疾患のような疾患や障害についても、今ではセンサと機械学習アルゴリズムのおかげで、バイオマーカーによる新たな診断基盤が整備されつつあります。
まとめ
医療診断は、医師が情報を拡張して客観的な判断を下せる測定機器を使えるかどうかで大きく左右されます。
計測機器を使用しなければ、大きさの正確な特定も、温度の精密な計測も、肉眼では見えない物体や有機体の識別も不可能です。医療センサとAIは、機器による診断に革命をもたらしており、客観的データを提供し、患者の生活環境での検査を可能にし、患者データと臨床研究情報の統合を実現しています。
著者
Christopher Gundler
認知科学者、医療コンピュータスペシャリスト。
専門は医療診断へのセンサデータ活用のための数理モデリング。現在、軽度外傷性脳損傷の臨床検査ソリューションeyeTraxの機械学習とコンピュータビジョンを担当。
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