ミュンヘン工科大学アロイス・クノル教授へのインタビュー記事
(写真:Andrey Suslov/Shutterstock.com)
2020年9月、ミュンヘン工科大学(TUM)ロボット工学・組み込みシステム学部教授であるアロイス・クノル(Alois Knoll)氏に、人工知能(AI)についてインタビューを行いました。クノル氏の研究分野は、人間とロボットの相互作用、サービスロボット、医療ロボット、認知ロボット、サイバーフィジカルシステム、組み込みシステムです。
今回のインタビューでは、同氏が現在行っている研究内容、エッジAIの課題、Neuralink社の開発成果、AIによる自動運転について伺いました。
現在、ロボットのどのような研究をされているのですか?
現在は次のような研究に力を入れています。
- AIの安全性と信頼性の向上
- 重要インフラでのAI活用
- AIによる製造工程の最適化
このほかに、「ヒューマンブレインプロジェクト(HBP)」と「ロボーイ」という 2つの大きな研究プロジェクトに取り組んでいます。
ヒューマンブレインプロジェクト
ヒューマンブレインプロジェクトとは、脳研究と技術開発を結集させた壮大な規模のプロジェクトです。その中でも特に注目されているのが、「脳模倣型プロセッサ」と「ニューロロボティクス」という2つの研究分野です。ヒューマンブレインプロジェクトは、神経科学、医学、コンピューティングの進歩に向けた研究基盤作りであると言えます。欧州連合(EU)が資金提供した科学プロジェクトの中でもほぼ最大規模のものであり、4つの「未来・新興技術(FET)フラッグシッププロジェクト」の1つとして位置づけられています。プロジェクトの活動期間は2013年から10年間とされており、 欧州全域の100を超える大学や大学病院、研究機関から800名以上もの科学者がこれに参加しています。
このプロジェクトの主な目的は、人間の脳の仕組み、ニューロンの機能といった、人間の脳の複雑な生物学的詳細を様々なレベルから解明することにあります。研究から得られた知識は、医療、コンピューティング、工学技術などで脳機能を応用したアプリケーションに活用されます。
ロボーイプロジェクト
ロボーイ(Roboy)は、AIを擬人化しているという意味で世界最先端のロボットの1つであり、このプロジェクトは世界の注目を集めています。ロボーイは人体の筋骨格系をモデル化した高度な人型ロボットです。筋肉と腱があるという点で、関節にモータを搭載した従来のロボットとは一線を画しています。ミュンヘン工科大学のロボーイプロジェクトチームは現在、対話システム、音声テキスト変換、テキスト音声変換、記憶システムなどによる認知システムの開発に取り組んでいます。最初のロボーイが2013年3月に発表されて以来、2019年にはアイスクリームが売れるまでに進化しました。2050年までには人間と同じように機能できるようにさせる計画です。
現在、エッジAIにはどのような課題があるのでしょうか。課題があるのは、ソフトウェア、ハードウェア(計算エンジン)、あるいは倫理面でしょうか。
倫理面には常に注意している必要があります。ですからヒューマンブレインプロジェクトでは、倫理問題のみを取り扱う専門グループを作り、倫理的課題を検討するようにしています。基本的には、人間の脳の解読はまだ初期段階にすぎません。今ではテクノロジーの大きな進歩により、知っていることを実装するのは難しくありません。その多くはチップとして開発中であったり、製品化されています。それでも今後は、人間の脳の働きを模したニューロモーフィックプロセッサが、AIアプリケーションで主要な役割を果たすようになると期待されています。例えば、SpiNNakerシステムの開発は、ARMアーキテクチャのカスタムデジタルマルチコアチップ上でリアルタイムで実行する数値モデルをベースにしています。このシステムは生物学的ニューラルネットワークをアナログまたはデジタルとして電子回路上でシミュレートします。SpiNNakerシステムは、それぞれ18個のコアを持つカスタムデジタルチップ3万個を搭載しており、合計で50万個以上ものコアを搭載しています。さらに、共有されたローカルメモリ128MB(RAM)も搭載しているのです。ニューロモーフィックプロセッサには、インテルのLoihiなど、市販されているものもあります。ハードウェアの開発スピードは本当に驚異的です。
Neuralink社は何かを実現できると思われますか?
Neuralink社のイーロン・マスク氏(Tesla社CEO)は、人間の脳のニューロンにつなぐ埋め込み可能のチップについてプレゼンテーションを行いましたが、これは医学研究における重要な進歩であると言えます。その目的がパーキンソン病などの特定の疾患の治療であるなら、Neuralink社には大きな期待ができます。ただし、人間の脳に直接音楽を聴かせたり、人間をもっと賢くできると期待するのは、非現実的だと思います。いずれにせよ、脳疾患の治療に役立つという意味で、医学的見地からも非常に画期的な開発です。
なぜ自動車に搭載されたAIは新しい事象に対して自分で判断できないのでしょうか。
AIを自動車に搭載するには様々な方法があります。1つは、NVIDIA社によって推進されている、いわゆるエンドツーエンドアプローチで、車に様々なシナリオに従って運転させるという方法です。これは実現可能ですが、いくつかの問題点があります。
- 一般化能力の欠如:その車が今まで見たことのない新しいシナリオに遭遇した場合、車はどうすればいいのかわからなくなります。
- トレーサビリティの問題: AIが行った判断について、なぜそのように反応し、なぜその判断に至ったのかが理解できません。
例えば、高速道路を走行している間は、正しいパラメータが稼働している限り、AIはほとんどのタスクを容易にこなすことができます。しかし、いったん高速道路を降りて市街地に入ったとたん、交通状況は極めて複雑になります。
もしモデルトレーニングにもないような、AIが知らない問題が発生したら、その場では解決できなくなる、そんな重大な課題がいまだに残っています。ですから今日に至るまで完全自動運転車が実現していないのです。その原因は現在採用しているアプローチにあります。完全自律走行車を実現するためのニューラルネットワークアーキテクチャの開発方法は、まだわかっていません。これは主にソフトウェアの問題ではなく、方法論と構造の問題です。
最後に、AI分野の仕事を目指している学生に一言お願いします。
ミュンヘン工科大学ロボット工学・認知・人工知能修士課程に来てください。この分野について幅広く深く学ぶことができるので、ロボット、AIのいずれの分野でも産業界への就職が有利になるでしょう。
著者
Rafik Mitry
ミュンヘン工科大学で電子工学修士号取得。3年間、同校にて環境発電分野の研究に従事。2019年、マウザー・エレクトロニクス に入社。テクニカルマーケティングエンジニアとしてエレクトロニクス業界の現在・将来の技術トレンドを紹介する技術コンテンツの制作を担当。 趣味は、最新技術トレンドの把握のほか、航空、テニス。
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